『もし私たちが夢を持たなくなっても、花はまだ語るでしょう。たとえ夜が(私たちの日々と、私たちの人生とに)混ざり合っても、花はあなたを愛していると言うでしょう。』「花言葉」という、まだ未完成の曲ですが、歌詞を一部お届けしました。この曲のアイデアは、画家・渡部優との [Les Montagnes Bleues/蒼い山] プロジェクトでのコラボレーションから生まれました。優さんも手話の練習をしているので、この曲が生まれたのはおそらく偶然ではないでしょう。私はいつも、歌や詩の表現の中に多くの真実や誠実さを感じてきました。花言葉も同じです。上手に話す方法がわからなくても、不器用でも、いつでも彼らからインスピレーションを得ることができます。もしそうでなくても、ただ言葉を遮らずに、聴いてみてださい。…
ツバメの便り
親愛なる皆様へ、 [Les Montagnes Bleues (レ・モンターニュ・ブルー)/ 蒼い山] プロジェクトが、秋のリズムに合わせて静かに、しかし確実に進んでいることをお伝えしたく、秋のニュース・レターをお送りします。 今年は新しい蕾が開く年。日本のバレエ・ダンサー、鳥居マウとのクリップ・ビデオでのコラボが進行中です。また別のクリップは、今夏にブルゴーニュで3週間過ごしたカザフスタン出身の監督兼プロデューサーであるジャディラと一緒に撮影しました。二人とも「Workaway」というグローバル・ボランティア・サイト経由で、プロジェクトに協力してくれた人です。 近日中にこのプロジェクトから、琵琶湖・沖島で書かれた曲「Sur l’île/島の上」がリリースされる予定です(詳しくはこちらをご覧ください⇒『ポエムの島、沖島』)。引き続きニュースレターで情報をお届けしますが、各SNSのフォロー、Youtube チャンネル登録をお勧めします。プラットフォームによって多様化したコンテンツが見られますので、まだお済みでない方には是非!: https: //linktr.ee/ludovic.muse今後はプロジェクトが携わる国々で作成された他の作品の新しいリリースが定期的に続きます。 また、このプロジェクトは今後もアーティスト・イン・レジデンスでさらに充実していきますので、それについてはまた改めてお知らせします。幸いなことに、[蒼い山]が長期プロジェクトになるだろうとはお伝えしてあったとは思いますが…まだやるべきことがあるので本当に長期になります!。長い道のりであるからこそ、小さな達成、小さな勝利を、ひとつずつ喜びましょう! それでは、近いうちに新曲4曲の発表しますので、お楽しみに!どうぞ、皆さんも元気で過ごしてください。 Ludovic / リュドヴィック…
どっぷり浸かる…。 マラケシュの黄土色、お日様と暑さの中で過ごした時間を思い出すと、この言葉が浮かんでくる。コウノトリの町・マラケシュの、真っ白な「コウノトリの家 (Dar Bellarj)」の中心に「才ある母達」と呼ばれる地元女性達がいる。旧市街(メディナ)に住む彼女らは、伝統音楽の歌い手&パーカッショニストであり、彼女らと沢山の時間を過ごした。 「才ある母達」という呼び名だが、全員が母親というわけではない。このグループを運営する文化財団「Dar Bellarj (コウノトリの家)」 のディレクターであるマハ・エルマディによると、「もし『才ある女達』と名付けたら、まず女性の体を想像するだろうけど、それをしてほしくなかった。ここで強調されているのは何よりも母親の心、母親の精神であり、すべての女性がこの精神を知っているから母達と名付けた 」とのことだった。 9〜 11 月にかけて、「Les Montagnes Bleues/蒼い山」プロジェクトの一環としてアーティスト・イン・レジデンス(創作滞在)をするために、僕らはモロッコにやってきた。アンスティチュ・フランセのサポートにより Maison Denise Masson で大半を過ごし、レジデンスの主催者である L’Moutalâte のナダとアダムの勧めで、Dar Bellarj 財団とその「才ある母達」と一緒に音楽に取り組んだ。 モロッコでの活動は、僕の祖先の地にも関連していて、祖先との繋がりを取り戻したいという想いもあった。無形遺産の担い手たちと協力できることは、文化やその他諸々の境界の上で出会いを遂げる絶好の機会。この思いがけない出会いをくれたナダとアダムに大変感謝している。 Maison Denise Masson/ドゥニーズ・マソンの家 Hadra/ハドラ 「才ある母達」は、アラビア語で「存在」を意味する「ハドラ」という伝統歌を歌う。 女性的なスーフィー(イスラム教の神秘的な一派)の歌の中で共有された存在感は、強烈なエネルギーを持っている。 しかし、私達がここで話している存在とは何だろうか? ミュージシャンが演奏するもの、に対しての存在感だろうか? 内在する神の存在だろうか? おそらく両方だろう。 この「存在」という考えに木霊して、アルジェリア育ちでイタリア系フランス人のアーティスト、デルフィーヌ・ ヴァリとの会話を思い出す。マラケシュで出会った彼女も、「不可能な帰還」というテーマで創作滞在をしている最中だった。自分達のアラビアのルーツと、僕らに時々宿る「追放・流浪」の感覚について、コーヒーを片手に語ったのだが、その中で心に残る言葉がある。 モロッコのグナワ民族について触れ、スーフィズムとの関連性も踏まえて彼女が言ったのは、「彼らにとって『追放』とはまず第一に自分自身・『自己』の追放であり、音楽と舞いを通して『存在』に戻り、ある意味で現在を超越すること」ということだった。 シンプルな生き方に惹かれる話で、僕自身の音楽の生き方にも響くものがあった。なぜなら、飽くまで個人的な話だが、自分の歌のエネルギーはモロッコの祖先から受け継いでいる気がしていて、モロッコ側の家系と再び繋がる最善の方法は音楽なんだ、とモロッコに来る際に直感的に感じていたからだ。 「Beautiful Painted…
音楽の島。 島、それは息づくポエム。 僕がここに来るのは二度目だが、自然と浮かぶこの言葉。何故だかは分かっている。この島は、別世界、別時間だからだ。ここでは必要最小限の空間の中で、全要素が響き合っている。まるでポエム(詩)の中にいるように。そして風が吹けば、幾多の道具やモノが、チリンカラン、ガラガラと斉唱し、島を包み込む和やかな旋律を生み出す。 まるで蜃気楼のように琵琶湖に姿を見せる沖島。このミュージカルな島が浮かぶ湖の名も、楽器の琵琶の形に由来する。琵琶は、詩・音楽の女神であり、川・海・流れるもの全ての守護神である弁財天の楽器である。沖島の高台にも、弁天様が祀られている。 同じく琵琶に名前が由来する果物の枇杷も、沖島には多く見られる。全て不思議と繋がっているようだ。 400万年の昔から存在する琵琶湖は、世界最古の湖の一つ。そして日本の幾千もの島々のうち400余りの有人島の中でも、沖島は琵琶湖唯一の有人島(人口約280人)であり、日本唯一の淡水に浮かぶ有人島なのだ。 この島では、恵み深き大地との昔からの繋がり、それを守る必要性を、他地域よりも大切にしているのが分かる。沖島は漁師の島であり、多くの家で家庭菜園をしている。だが、大半の人が島の産物で自給する、このコミュニティーにとっての未来とは何なのだろうか?この島を知るとそんな疑問を感じる。住人の過半数は高齢者で、数少ない若者も水平線の向こうに引き寄せられているようだ。それもそのはず、島自体は小さいが、見渡す限り水平線なのだから…! それでも、この島に暮らせる幸運を感じ、島の自活に熱意を燃やす人もいる。島が息づいていくことを願い、未来を想像する人々。その一人は僕らの友人、奥村ひとみさん。島出身の彼女は、湖畔の光が差し込む灯台のようなカフェ&ギャラリー「汀の精(みずのせい)」を経営している。この場所は、ほぼ時を超えたように世の果てにそっと置かれ、月の美しさと湖面に映るその光に酔いしれるには最高の避難小屋だ。ここでは、ひとみさん自身の天然繊維オリジナル製品、地域のアーティストや写真家の作品を展示すると共に、僕らのようなミュージシャンを迎えコンサートが開かれることもある。寒い時には薪ストーブを囲んで暖をとることができ、その炎の姿が空気中に反映していくように、体だけでなく魂も温めてくれる。沖島で創作スペースを提供してくれたのはひとみさんだ。彼女とその他数人のメンバーで、漁業以外からなる特産品の開発に現在とりかかっている。また彼女らは島のその他の問題、特に廃棄物やゴミ分別の問題に取り組み、解決策を模索している。ただ、平均年齢が70歳を超える沖島で、お年寄り達への尊敬が第一である中、物事を変えていくのは容易ではない。 「汀の精(みずのせい)」 Vision / ヴィジョン 洋子と沖島に到着したのは満月の日で、島ではなんと伊勢大神楽の「獅子舞」を迎えていた。神楽師一行が各家庭を訪れ、玄関口、それから家の中で、剣の獅子舞を奉納する。ただのお祭り騒ぎではない。元来、伊勢大神宮に参拝できない者の代わりお札を配布してまわる神楽師たちは、各家々のお祓いをし、豊穣を祈る。沖島に住む人達が大切にしている、特別な敬意を払って迎える時間なのだ、と僕は感じた。 偶然は存在しないから、満月の日に到着してこのような儀式に立ち会えたことの意味が僕の中で響いた。僕らはここに創作レジダンスをしに来たのは、母なる大地に耳を傾けるプロジェクト【蒼い山】のため。そしたらなんと僕らは、見えざるものと繋がる太古昔のこの儀式によって呼び起こされるかのように、母なる大地がささやく大事な記憶の立会人となったのだ。この言葉を書き綴っている今、採られた魚の犠牲に感謝する、沖島港前の石碑「魚介類供養塔」を思い返している。 僕らがコンサートを開いた、同市内の山頂にある「観音正寺」というお寺にも、創設にまつわる伝説で魚の犠牲について似たようなエピソードがある。この素晴らしい、輝きに溢れるお寺と、白檀の大木で作られた観音像については別ページで綴っているので、読んでみてほしい。http://lesmontagnesbleues.com/au-temple-des-sirenes/ たっぷりご馳走をいただいたこの沖島での一日、木が生い茂り光が差し込む山の頂きを散策した後に、夜が来て、月が湖を照らし、営業終了後のひとみさんのカフェに僕はいそいそと避難してこの「Sur l’île / 島の上」という曲を書いた。近々音源をアップするが、その前に歌詞の一部を紹介したい。 沖島でのコンサートの様子 島の上に、朝を切り開く彼らはやってきた ちりんからん、いくつもの波、幾千もの夢 それは満月の日、彼らは澄んだ剣と銀を持ち、 僕らを湖へと引き寄せる網を、全て切り裂く…
渡り鳥の駆け込み寺となり、まだ魔法のコンサートが開ける夢のような寺院が、【蒼い山】の旅路にはあるのです。それは「観音正寺」。その白檀の香り、琵琶湖へと広がる視界、遠くに見える山々…。このご時世に、こんなに素敵な場所で演奏できるとは、何たる幸運! いや、運ではなく、全てを繋ぐ「網」のような「ご縁」なのでしょう。「目を見開けば、網のつなぎ目の善し悪しのように、善いご縁も、悪いご縁もあるのが見える。善い網を保つ為には補修していかなければならない。」と、ご住職が仰っていました。この網の観念、コミュニティーの繋がり、(無意識でも)各々が役割を担うことが、この地域の人達に根付いている。それを目にするのは嬉しいことでした。なので、【蒼い山】というプロジェクト名を聞いて、このお寺を紹介してくださった近江八幡市長に心より感謝します!そして滋賀県内でのプロジェクト応援コンサートが良い時間となるよう、動き回ってくれたボランティア・スタッフの皆様、フットワークの軽いご住職、ご縁繋ぎのマジシャン優子さん、琵琶湖の明るい人魚・ひとみさん(沖島「汀の精」)、「コルミオ」市田さん、ピアニスト央記さん、改めてどうもありがとうございました!!.ところで、網と人魚の話と言えば、「観音正寺」は聖徳太子が人魚のために開基した寺院、と言われています。湖の淵を彷徨っていた人魚は、「前世で漁師だった時に必要以上に魚を殺生した為に、このような姿になってしまった」と語り、成仏できるよう聖徳大使に懇願しました。そこで聖徳大使は千手観音の像を刻み、堂塔を建立したとされ、日本唯一の人魚伝説が残る寺院として受け継がれているのだそうです。曲作りの旅プロジェクト【蒼い山】へのご支援クラウドファンディングは3月31日まで!!プロジェクトから生まれるアルバム等がご支援のお返しとなります。https://motion-gallery.net/projects/lesmontagnesbleues…
こちらは「沖島」で撮った写真です。日本で唯一人が暮らしている湖上の島、力強く広大な琵琶湖に浮かぶ「沖島」に今週末到着し、武田洋子と共に数日間、創作のため滞在しています。島でギャラリー&カフェ「汀の精(みずのせい)」を営む奥村ひとみさん、近江八幡市市長など、この方達の存在なくしては語れない[蒼い山]プロジェクトのサポーターの皆様に迎えて頂き、感謝の限りです。ということで、プロジェクトが本格的に始動しました!水に浮かぶ満月の美しい光、朝から一日中家々を清めて回る獅子舞など、プロジェクトを進行するためのコンディションとご縁を導いていただいた神々に「メルスィ!」と伝えたいです。この島で書いたばかりの新曲を含め、これから創作の様子を、このブログでこれから皆さんにシェアしていきます。皆さんのご支援があってこそ叶えられる創作の旅です。是非、資金調達クラウドファンディングの下記リンクよりご支援をお願い致します!!https://motion-gallery.net/projects/lesmontagnesbleues https://motion-gallery.net/projects/lesmontagnesbleues…
さて、僕らの冒険の旅の始まりです。 「音楽を軸とした旅行記」のようなものをシェアしたい…というアイディアを長年温めていましたが、これが徐々にアルバム制作プロジェクトへと進化しました。 その経緯は3年ほど前、九州の田舎で⼩さなローカル電⾞に揺られていた時のこと。⾞窓の枠に溢れる光の先で、木が茂る⼭々が蒼いシルエットを描いていくのが見えました。その時、僕の頭の中で、ある言葉がはっきりと響いたのです。 「レ・モンターニュ・ブルー、蒼い⼭…」 その時は【蒼い山】という名の曲を書きたいと思いました。森・霧・水・空に舞う雲を語るような、自然の中で感じられる不思議で優しい癒しの力を描くような、その味わいを再現するような、そんな曲を書きたいと…。しかし曲作りは未完成のまま【蒼い山】の言葉だけが残り、水・木々・山・鳥・花に耳を傾け、自然とそこに住むいのちに寄り添った関係の中で曲作りをする、アルバム制作のプロジェクト・タイトルとなったのです。 旅先でよく新曲を作り、毎日のように自然の中にいてインスピレーションを受けている僕にとって、このプロジェクトは分身のようなもの。コロナ禍のこの奇異なご時世の中で、自然との繋がりを結び直そうとする試みが生まれたことも、もちろん偶然ではありません。 よって、このプロジェクトは僕の今までの曲作りの延長線上にあります。形が多少違うのは、数カ国で創作レジダンス(滞在)をし、(中には自然と強い繋がりを持っている人もいる)友人アーティスト達とのコラボレーションを提案することです。音楽コラボを中心に、プロジェクトを彩る美術系アーティストとのコラボも予定しています。その様子はこれからこのサイトでご紹介していきます。 何が生れ、何が残るのかは、まだ未知の世界。Dick Annegarnが「歌(シャンソン)とは漢詩の如く、完全なる最小の形だ」と言っていましたが、全く同意見の僕は、この「完全なる最小」のためには妥協はない、と思っています。兎にも角にも、このサイトやSNSで創作の旅の過程を、アルバムではそれ以外も、皆さんにシェアしていきます。 まずは今春、今までに書いた曲でお気に入りの4曲を挿入したE.P(ミニアルバム)「Hirondelle/ツバメ」を、アルバムに先駆けてデジタル・リリースします。また、最近書いた曲や、長い間引き出しにしまったままの作りかけの曲などもご紹介していくつもりです。 そしてこのプロジェクトは、自粛ばかりの一年を経た今の新軌道。今だからこそ、皆さんと再び繋がりたいという願い、シェアしながら善き種を撒く志で旅しようという願いを、強く感じています。アルバムの創作過程、旅路を描いたポエティック・音楽的・視覚的な地図、ポートレートなど、沈黙の中で様々なビジョンを育ててきました。 プロジェクト大半は武田洋子が主要パートナーとして同伴します。ご存じの方も多いと思いますが、長い間僕と共演しているヴァイオリニストで、日本でのオーガナイザーとしても重要な人です。 さて、プロジェクト・タイトルの[レ・モンターニュ・ブルー/蒼い山]に戻りますが、特に自然の事に関して「ブルー」よりも「グリーン」ととれる、「青」や「蒼」の日本語表現は正に適切です。この言葉を発する時、頭に浮かぶことの一つは、道元禅師の「山水経」。その中に「青山」という言葉があり、宇宙の真なる法を説いています。この文章については後日、親しき友人である禅僧のお話も伺いつつ紹介するつもりです。 「ブルー」はもちろん空の色、生き生きとした希望の色でもあります。 さらに「ブルース」の「ブルー」。ブルースは単なる音楽ジャンルではなく、魂の歌であり、愛の嘆きです。「ブルー」は、各地を奏で歩くトルバドゥール(吟遊詩人)やフォーク・シンガーの色でもあると、少なくとも僕は思っています。…